八月はエロスの匂い
プロット
日本
08月16日 1972 台灣上映
姉のいた夏、いない夏
プロット
アメリカ
07月07日 2001 台灣上映
月夜の願い
プロット
香港
01月20日 1996 台灣上映
モスクワ・天使のいない夜
プロット
ロシア
09月10日 1994 台灣上映
彼女のいない部屋
プロット
フランス
08月26日 2022 台灣上映
水のないプール
プロット
日本
02月20日 1982 台灣上映
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皇帝のいない八月評論(10)
『新幹線大爆破』では極左の過激派が活躍し、反対側の可能性だってあるよという今作品。どちらにしても偏りすぎては危険だということだ。どちらもB級っぽい映画なので、もっと予算をしっかり組めるような映画でリメイクされるといいなぁ。
Blu-rayで2回目の鑑賞。
各地で自衛隊員が一斉蜂起。元自衛官・藤崎(渡瀬恒彦)率いる中核部隊は寝台特急「さくら」をジャックし、日本政府に対してクーデター“皇帝のいない八月”を宣言。政府は秘密裏にクーデターを鎮圧するため、その包囲網を狭めていきます…。
パニック映画ブームに乗って製作された日本では珍しいポリティカル・サスペンス大作。
渡瀬恒彦を初め、吉永小百合、高橋悦史、山本圭、三國連太郎、丹波哲郎など豪華過ぎるキャスト陣が重厚かつ繊細な演技で魅せてくれました。
社会派映画の雄、山本薩夫監督の演出がめちゃくちゃ硬派でリアリティーに溢れ、緊迫感を保ちながらクライマックスまで駆け抜ける手技がお見事でした。
クーデターは成功しないというのは分かっていますが、じわじわと追い詰められていく様はやはり観ていて悲壮感が漂いました。憂国の志士たちの想いも虚しく、勝ち目の無くなった戦いに垣間見えた滅びの美学に心揺さ振られました。
もうひとつのドラマである藤崎とその妻、山本圭演じる記者の三角関係がエモーショナルで情感たっぷりなのも良かったです。夫の熱い想いを理解しているだけに、止めたいけれども止められない…。その先に死しか待っていないという状況の中で、身を焦がすような気持ちで夫の行動を案じる妻を演じる吉永小百合がめちゃくちゃ名演だなと思いました。それに何よりお美しい限り…。
全編に渡ってダイナミックで、この雰囲気は最近の日本映画では「シン・ゴジラ」ぐらいかなと感じました(絶対ファンの贔屓目が入ってます。すみません!)。
昔の邦画大作が持つパワーが大好きですが、本作も勢いと熱量がハンパじゃなく、好きな映画のひとつになりました。
こういう映画があるということを、この映画を見て初めて知った。
内容は関係ないと言うと製作者に申し訳ないが、そんなものよりも役者さん達の演技に感動するということを。
今更遅いが、この映画を見て渡瀬恒彦を発見した。
終盤で、吉永小百合に詰め寄られ、制帽を取った時の表情に痺れた。
他の役者さん達も素晴らしい。
遅いけど、これから渡瀬恒彦を追いかけてみたい。
白い巨塔、華麗なる一族を撮った山本薩夫監督とは思えない
リアリティのなさは呆れるばかりだ
取材も不徹底で腹が立ってきた
シン・ゴジラの真面目な取材ぶりとは雲泥の差
パヨクという言葉がある
まさにパヨクの認知バイアスに陥って映画を撮ったなら、いかな山本薩夫監督のような実力のある監督でもこうなってしまう見本だ
パヨク的思い込みの世界観で決めつけて撮っているから、こうなってしまうのだ
物語の骨格は、なんとまあ実は石原裕次郎主演の「夜霧よ今夜ともありがとう」だったのだ
本作はその程度のものだ
浅丘ルリ子の役は吉永小百合に、石原裕次郎は山本圭、二谷英明は渡瀬恒彦という具合にそれぞれ対応する
ヒロインが恋人との約束直前に失踪するプロット、彼女を恋人から引き剥がす男が革命家という設定を借りているのだ
真面目に観るだけアホらしいということだ
また寝台特急さくら号の乗客に、渥美清と岡田嘉子がコメディリリーフとしてなんどか登場する
本作の2 年前の1976年の「男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け」で、この二人は共演している
その作品では直接顔を合わせるシーンはないが、本作では、まるでその寅次郎と岡田嘉子が演じた老婦人が共にこの寝台列車に乗っているかのようにわざと似せて演出している
さくら号というのも寅さんに掛けてある
本当のところは岡田嘉子を出したいが為に、このような方便を使ったのだろう
渥美清は刺身のつま扱いに過ぎない
題名の「皇帝のいない八月」とはどういう意味か?
それはもちろん、劇中に登場するクラッシックのレコードのタイトルであり、クーデターの作戦名なのだが、実は本当の意味が隠されている
皇帝とは天皇のこと
つまり、天皇は敗戦したときに無くすべきだった
そう言う意味だと自分は理解した
それをしていないから、こんなクーデターが起こるかも知れないのだという意味だ
それが監督が本作で発したいテーマであり、メッセージというわけだ
本作はそれだけを言いたいだけの映画に過ぎない
高橋悦史が演じる利倉内閣調査室室長は、なぜフォードのキャップを常に被っているのか?
フォードとはアメリカの象徴だ
つまり彼はアメリカの犬だと表現している訳だ
なんと稚拙な演出だ
山本薩夫の名が廃る