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普通の女 プロット オーストラリア 10月31日 1987 台灣上映
階段通りの人々 プロット ポルトガル・フランス合作 02月18日 1995 台灣上映
弁天通りの人々 プロット 日本 05月16日 2009 台灣上映
最も普通の恋愛 プロット 韓国 07月31日 2020 台灣上映
サウラ家の人々 プロット スペイン 11月21日 2020 台灣上映
エバラ家の人々 プロット 日本 11月22日 1991 台灣上映
普通の人々評論(15)
ロバートレッドフォードが堅実に描いたことに驚いた。
そんな家庭を取り持とうと悩み、努力する父親。長男の事故死は回想で、リアルな場面ではエンディング含めて取り立てて大きな出来事は起こらない。
普通の家庭を丁寧に描くことで映画は成り立つことを示唆してくれる映画。
少しずつ家族が崩れていくようで、もともと崩壊寸前だった気がする。
誰のせいとも言えないから難しい。
虚無感と微かな希望を同時に思わせるラストが素敵だった。
ティモシーハットンが圧巻。
総合60点 ( ストーリー:60点|キャスト:70点|演出:70点|ビジュアル:70点|音楽:75点 )
良い職業を得て郊外に一軒家を持ちそこに家族と共に幸せに暮らす。ほんの数十年前までは失業と貧困に怯えながらその日暮らしをしていた多くの市民からすると、そのような生活が一般的に思い描く当時の普通の幸せの姿だろうか。
だが社会が発展し安定してくると、人々は物質的豊かさから心の豊かさへと次の段階に目を向ける。一見幸せに過ごせる条件が揃っているようでも、その内実は問題を抱えている家庭が多い。そんな時代背景もこの映画の製作にはあったのではないだろうか。
物質的には満たされていても、大きな事件の後の心の隙間を埋められない家族の心の間の齟齬が表面化していき、努力をしてみたり感情のままに暴走してみたところで取り繕うことも出来なくなる。家族の一員として無理して家族のために生きるよりも、家族と離れ一人の人として自分の心に正直に自分らしく生きることを選んだ母親が、自分はとても好きにはなれないけれどもそれほど悪人だとも思えない。家族という義務感を負って見た目を取り繕う家族ごっこは終わって、でも人として家族の在り方を何もないところから見直せる父子には家族としての愛情が残っている。そんな家族の崩壊ともがきとやり直しが観られる。
だけどこの作品が面白かったかというと、そうでもない。みんなの苦しめられている姿がひたすら続くし、そうなればもうこの家族は駄目なんじゃないのって思っていたし、その様子を見せられ続けてそれでどうしたのという感じ。
この時代には外から見た家族ではなく家族の内面を見つめるという意義があったのかもしれないが、現在では当たり前すぎる。アメリカでは二組に一組が離婚するのは、家族ということに縛られすぎないで個人の生き方を求める時代になってきたということ。その過渡期の時代の作品なのかもしれない。