「ブラック・スワン」のナタリー・ポートマンが主演と製作総指揮を務め、カリスマポップスターの壮絶な生きざまを描いたドラマ。クラスメイトによる銃乱射事件に巻き込まれ、生死の境をさまよいながらも一命を取り留めた14歳の少女セレステ。皮肉にも姉エレノアと作った追悼曲が大ヒットし、敏腕マネージャーに見初められてスターダムへと駆け上がる。18年後、度重なるスキャンダルでトップスターの座から転落した彼女のカムバックツアー初日を前に、ある事件が起こる。それは、かつて彼女が被害に遭った事件を模倣するものだった。トラウマがよみがえる中、再起をかけてステージへと向かうセレステだったが……。敏腕マネージャー役をジュード・ロウ、幼少期のセレステと彼女の娘の2役を「トゥモローランド」のラフィー・キャシディが演じる。監督・脚本は「シークレット・オブ・モンスター」のブラディ・コーベット。世界的トップ歌手のシーアが主題歌・劇中歌を担当。2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。
ポップスター評論(20)
ああいう事件の被害者が、鎮魂の歌を歌ってメジャーデビューまではわかる。
でもああいう猥雑なイメージのビジュアルで売っていくのってアメリカでは普通なの?
バックボーンがどうであれ、注目されたきっかけや曲が追悼式のような場所だったから余計違和感が続く。
そして少女時代と17年後のつながりが悪い。
ライブ当日、女性2人が訪ねてくるのだけど、ママっていうセリフが聞こえて、もう1人は姉だしでてっきり母親と姉が来たのかと思ったら姉と娘だと!
いつの間に…
後に娘の父親は誰かとか想像させるシーンはあるけど、多くは語られなくて行間を読んでくださいって感じ。
1人のスターの人生にいろいろありましたよって話なのに、その話を端折りすぎでは?
最後のライブシーン、あの手の音楽の良し悪しはわからないので評価しませんが、意匠と振り付けはダサい!
小柄で華奢なナタリー・ポートマンがもっさりした体型に見えてしまって。
チームメンバーを厳選するのに時間をかけたって劇中で言わせてるのにバックダンサーの動きのキレが悪いこと!
ナタリーはダンスの素養があるので見られましたが、そもそもの振り付けが…身内て済ますんじゃなく、ちゃんとポップアーティスト専門でやっている人を呼んでください…
あと公演シーンはありませんでしたが、前座に起用したというアジア系シンガー…なにあれ?
やっぱり何か業界への皮肉なの?
と、文句ばっかりになってしまいましたか、ナタリーを含め何人も好きな俳優が出ていたので苦痛ではありませんでした。
その人たちのギャラが予算を食ったのかなー
2020-132
14歳の頃クラスメイトの銃乱射事件に巻き込まれて脊椎を損傷した主人公がポップミュージックのスターに成る話。
1999年から2017年までの主人公の変遷を前兆、第1幕、第2幕、フィナーレと4つの時期でみせていく。
第1幕の途中までは良かったけど、MV撮影がどうのという辺りから、自己陶酔が凄くて何だかちょっと面倒臭い。
モデルとなった人物がいるのかは知らないけれど、なんだかベタな超絶波瀾万丈メンヘラ芸能人という感じだし、1幕と2幕の間の描かれていない部分が急展開過ぎる。
フィナーレも特に思い入れがない曲を聞かされるだけだから、響かないしね。
実話ベースだったら納得出来たかも知れないけれど、残念ながら何も感じなかった。
①「ブラック・スワン」でヒリヒリ演技を見せたナタリー・ポートマンは今度は徹底してビッチ演技を繰り広げます。②酷評が多いようですが恐らく感情移入できるキャラがほぼいないからでしょうか。③スターになるのを夢見ていたのは恐らく姉のエリーの方だったのでしょう。それが悲劇のヒロインになったことでセレステの方がスターになってしまった(ならされてしまった、という方が正しいかも)。そしてエリーは裏方に回った。セレステがエリーに対して複雑な感情を持ってしまうのは、エリーに対する引け目をいつも感じているからでしょう。④セレステにとっても悲劇だったのは、14才でショービジネスの世界というか大人の世界に放り込まれたこと。荒んでしまうのもある意味仕方ないのかも。17才で娘を生んでもそれで母親になれるわけではないし、またそこでも姉に借りができてしまった。⑤気付いた時にはもう後戻りできなくて、スターとして前に進むしかない。でも元々なりたかったわけでもないので、絶えず恐怖を感じながらスターを演じ続けなければならない。屈折しまくりですね。ビッチになるのも頷けます。⑥世間(マスコミ)は悲劇のヒロインがビッチなスーパースターになったことをいつまでもあげつらう。開き直らずにはやっていられませんわね。⑦考えてみれば彼女の人生はいつも人に左右されてきたと言えるかもしれない。無差別殺人に巻き込まれたことも然り、生き残ったことでスターになってしまったことも然り。出口のないトンネルを猛スピードで走っていく夢も、エリーに話した悪魔と取引したという幻想もそんなところに由来しているのかも。⑧そんなことも全部抱えて今後もスターをやっていくことを、しんどいことだけど逃げないと、ラストのステージシーンは表しているのではないのでしょうか。⑨彼女が抱える閉塞感と今という時代の持つ閉塞感とをシンクロさせているのですが、惜しむらくはキャラではなくそういう物語世界に共感できるところまで映画として昇華できていない点でしょうか。映像的にはハッとするところが所々あったのに。⑩ラストクレジットはちょっと驚きです。はじめて見ましたね、あんなの。
後味がかなり苦い。